2012年5月 7日 (月)

ひらく


土曜の夜、タイムズスクエア駅にて。
5、6人のおじさん&おばさんが
ビートルズのhey judeを演奏している。
通りすがりの人たちが次々に立ち止まり、
楽しそうに、それぞれの思いにひたるように、
一緒に口ずさみ、手をたたき、
その輪が厚くなっていく。
バラバラのところからきた人たちが、たまたま居合わせた場で
そのときだけの空気をつくりあげる。
また数分後には別の場所へちらばっていくのだけれど、
その瞬間の、その空気感をとどめられないのが
もどかしく、ずっと眺めていたいような気持ちになる。


ことばでうまく説明できないけれど、
自分の体が先に声をあげ ていたり、
お腹のおくの感みたいなもので、
どうしても動いたほうがいいと感じるときがある。
ものすごいエネルギーを使うけれど、
気がついたら体が先に動いているような。

誰かとであって、自分の頭をかーんとたたかれたように、
今まで気付かなかったことに気付いたり、
見方や考え方が広がったり、
それが人と交わることのすばらしさのひとつだと思う。
そういう人の存在で、どれほど自分が自分の小さな
頭の中に閉じこもっていたかに気づく。

同時に、どうしても大事にしたいこと、それを大事にするために、
ある場所や人から離れないといけないようなときもあるのだと思う。

きっとそれは本当に紙一重で、どちらが0か1かの問題ではなく、
どの判断が絶対に正しいというのもないのだろうから、
もしかしたら、そういうときに一番正直なのは自分の体なのかもしれない。
いろいろな理屈で、自分で自分を説得することもできるのだろうけれど、
体の声に反応できるような感はなくさないでいたい。

自分が思っている以上に、自分の頭は自分を拘束している気がするから、
その狭い世界に閉じこもらないようにしたいし、
同時に、ただただ元気に、いつわらず生きるための
自分の体の感のようなもの、その両方を大事にできたらいいなぁと思う。
そうすることが、誰かに何かを還すことにもつながると信じたい。。


久しぶりの日記はまたわけのわからない内容に
なってしまいました;;

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2012年2月13日 (月)

冬の一日


あたたかい日が続いていたのに、
また一気に冬らしい気候にもどってきました。

なんだか写真を撮りたくなり、
カメラを持って散歩に。
くもり空だけれど、澄んだような静かな光がきれいでした。

時間とともに消えていくものって
そんなにないのかもしれないなぁと思う。
いろいろな記憶を忘れていくけれど、
またふとしたときに戻ってきて
知らぬ間に熟成されていたりする。
忘れている間に、コトコトと
別の場所で煮込んでいたみたいに。

だから、時間がたってからやっと言葉にできるような
こともあるのだと思う。
感謝したい気持ちや謝りたい気持ちも。
そう思ったときには伝える手段がなかったりもするけれど、
それもきっと悲しいことではなくて、
匂いだけは、どこかに飛んでいたらいいなぁと思う。

誰かを心配したり、想ったりする気持ちも、
そういう匂いが届いたらいいなくらいに
思っているのがちょうどいいのかも。

私はすぐ言葉にしたくなってしまうけれど、
言葉にならないいろんな人の匂いみたいなものが
実はそこらじゅうに飛んでいるんだと思うと、
ちょっとその色模様を想像してみたくなります:)

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2012年2月 3日 (金)

余韻のある人たち


実際に接しているのはほんの短い間だけれど、
その瞬間がぱっと明るくなり、
しばらく余韻が残っていたり、
ふと思い出して笑顔になってしまうような人っていますよね。

何を突然という感じですが・・!

私がいま働いている事務所は、
昔の大きな工場を改築した建物の中にあり、
一階の賑やかな食料品街の上に、
小さなオフィスがひっそりとかくれています。

私たちの部屋のちょうど向かいには、食料搬送などに
使われる大きな業務用のエレベーターがあり、
それをいつも動かしてくれているのが、
40年以上ここで働いているという、
ダニーおじさんです。

大きな荷物を運ぶとき、5階から内線をならすと、
受話器からきこえているのか、1階から直接聞こえているのか
分からないくらい大きな返事のあと、ダニーが上まで来てくれます。
エレベーターから鳴り響く、オペラ歌手のような歌声とともに。

朝早く会社に向かうと、まだ人の少ない1階のお店街で、
仕事前のダニーがベンチに座っています。
時にはひとりで考えごとをするように遠くを見て、
時には同僚らしきおじさんたちとおしゃべりをしながら。
私に気付くといつもの陽気なあいさつをくれますが、
それまでの様子を眺めるのが、ひそかな楽しみだったりもします。

もう一人、この場所に欠かせない登場人物が
UPS(アメリカの郵便サービス)のおじちゃんです。
おそらくこの大きな建物に届く小包の大部分を担当している彼は、
ほぼ毎日、私たちの部屋にも何かを届けにきてくれます。
私が会社に来るときも、帰るときも、
颯爽と人混みの中を歩く彼をよく目にします。
そんなにてきぱきと働きながらも、彼が配達に来ると、
部屋がほんのり明るくなる。
元気なあいさつや、ちょっとしたジョーク、
つかの間だけれど、まわりの空気が自然と動くのです。
ときにはさりげなくさぼっていた私に、
“今居眠りしてたでしょ”
と小声の突っ込みも・・!

毎日のように会っているけれど、
そんなに多くの言葉をかわしているわけではない。
だからふとした瞬間に、彼らの家族や母国の話を聞くと
自分の描く彼らに新しい色が加わり、うれしくなる。
事務所が引っ越したり、私がこの場所を離れてしまったら、
もう会うことはなくなってしまうし、
いつそれが来るかも分からない。
でも、ずっと後になっても、彼らの表情や元気な声を
思い出すんだろうなぁと思う。
そういうふうに感じる人たちに、この街にきて、
結構多く出会った気がします。

写真は関係ないけれど、
昨日はじめて訪れたアポロシアターにて。
アマチュアの歌手やダンサーのための劇場ですが、
マイケルジャクソンもここからうまれたという、
歴史の長い場所で、圧倒されるようなパフォーマンス、
その熱気と迫力に、思わずはしゃいでしまったのでした^^

Apollo

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2011年12月31日 (土)

これからつづく年へ


あっという間に今年もあと1日ちょっとになりました。

去年の大晦日にもこのブログを書いていたことを思い出します。
それからを思うと、本当にぎっしり詰まった濃い一年だった気がします。

今年にかぎったことではないけれど、
この一年の中で感じたこと、会った人、かわした言葉、すごした時間を
忘れたくないなぁと心の底から思う。

人間の力の限界を痛感すると同時に、
ひとりひとりの人から生まれる動き、場、流れ、
そういうものの存在をこれまでにないくらい感じる年でもありました。

こんなにも未来は予測できないし、確実なことはなにもない。
ただ、振り返ることのできるひとつひとつの積み重ねの
時間があることだけは、みんな一緒なのだと思う。

そう言いながら、
いつでも想像していたのとちょっと違う先が訪れ、
そのたびにわくわくしたり、動揺したり、勇気がでたり、
まったくもって忙しい私ですが、、
自分の前にあらわれるいろいろな流れを受け入れながら、
そのときそのとき自分のお腹で判断して、動いて、
その積み重ねがどこに向かうのか、
楽しみな気持ちでいたいなぁ、と思う。
       
今年直接会えなかった人もふくめ、
自分のまわりにいるみなさんに、とっても感謝しています。
2012年もどうぞよろしくお願いします^^


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2011年11月24日 (木)

根ざす広がり


Occupy Wall Streetの動きがはじまってから、
先週でちょうど2ヶ月がたったそうです。
衝突などもある一方で、ゆっくりと根をのばすような
穏やかな強さも感じられるこの運動は、
場というものについて改めて考えるきっかけを
くれている気がします。

先週のはじめ、デモ参加者たちは、それまで昼夜を過ごしていた
ズコッティ公園を退去させられました。
ブルームバーグ市長の声明では、この公園は全ての人が24時間
楽しむ権利をもっており、今の状況では、デモ参加者ひとりひとりの権利よりも
公の健康と安全を優先しなければならないということでした。

国の政策や法律という枠組みの中で、時には限定的にも
なりうる「公」という概念のむずかしさを感じる一方で、
このOWSの運動は、それを超えるような
新たな場の考え方を示しているようにも思います。

ナオミ・クラインさんが、リバティ広場で行ったスピーチで
言っていたことが印象的でした。

"Occupy Wall Street has chosen a fixed place with no ending."

ある場所に根ざす、ということと、広がりつづけるということが、
同時に可能になっているような、この表現が、すごく心に残っています。
勝手な拡大解釈かもしれないけれど、そこには、
いろいろな違いを受け入れながら、一緒に進んでいく
というニュアンスがふくまれているような気もします。

世界中へ波及している今の動きは、
必ずしも具体的な目標が同じわけではないし、
手法も違うだろうし、また目に見えないところで、
これに後押しされてはじまった動きもあると思う。

NYだけでも、具体的な目標が曖昧だという批判や、
ただ便乗して言いたい放題言ってるだけだろうという声も耳にするし、
実際にその対象になるような行動もあるのだと思う。

それでも、こうやって小さな粒子が世界中に広がって行き、
それぞれの場所でそれぞれのスピードで動きながら、
全体として変化しつづけるうねりを生み出していることは、
もしかしたら、私たちがこれまで描いてきた境界線や対立軸を、
ゆるめたり、やわらげたり、混ぜたりするような
力も持っているかもしれない。

TPPの問題を考えるとき、賛成でも反対でも、
アメリカという国の存在をよく耳にします。
でもそのアメリカという国自体が、この運動に象徴されるように、
ひとつのくくりでは語れないような性格を帯びてきている。

私たちが描いているいろいろなものの境界線や、
内と外という概念も、きれいな線では描けないものかもしれない。
外へ出ようといってでていったところから、
もっと内へ戻ってくるかもしれないし、
内を深くみている先でまた外とつながることもできるかもしれない。

それが現実の政策や結果にすぐ影響するわけではないだろうし、
世界中のOWSの動きが、明日一度に何かを変えるということでもないと思う。
ただ、私たちの頭の中で固定されている境界線をすりぬけるように、
もうひとつレイヤーを重ねるように広がりつつある、
新たな場を見ようとすることは、
もし何かを無理やり変えようとする強固な動きが現れたときに、
それに抗う力になるかもしれないと思う。

時間がかかっても、
それぞれのスピードでそれぞれが色をつけていく中で、
結果的に全体の景色も変わっている、というほうが
世界が一度に一色に変わるよりも、健全な気がするし、
その景色の方をみたい、と思う。


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2011年10月25日 (火)

ひさしぶりの日本


会いたい人たちにできるだけ会おうと思っていた日本での2週間、
なんだかあっという間にすぎてしまいました。

それでも、懐かしい再会や変わらぬ楽しい時間に
心満たされて戻ってきました。

誰かに会って話すのは、その人の人生の一部分をきりとって
見るようなものなのかもしれない、と思う。
前回会ったときから今回までのあいだ、
相手の中でも同じように時間が流れていたことを感じ、
そのことがただうれしい。
それぞれの長い線上にある点を垣間みては、
その次の点をまた楽しみに思う。

たとえそれが一回きりのものだとしても、
今回が最後になってしまっても、
その人のその先を思うという意味では変わらないのだと思う。

滞在中、岩手にいる、友達のご家族にお世話になりました。
たった二日間だったけれど、そのご家族や地元の先生の
大きな温かさや情熱にふれました。
ずっとそこに流れてきた時間と、
その中で大事にされてきたものを未来につなげようとする、
その想いのほんの一部分にでもふれることができたのは、
忘れられないことだと思う。

実家にもどり、お母さんが出してきたアルバムに、
子供のころからの自分のまぬけな表情や、
両親のあまりの若さに爆笑しながらも、そこでも、
長い長い時間が流れていたことを思い出す。
ただただ、そのことに圧倒されるような、
感謝したくなるような気持ちで。

時間も、距離も、ときにはそのあまりのスケールに
気が遠くなるような思いもあるけれど、
いつかどこかで交差するかもしれないさまざまな点を思うと、
その全てを、やっぱり大事に感じていきたいなぁと思う。


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2011年9月14日 (水)

時間と人と想い


9.11をむかえた日曜日、NYは、
10年前を想う人たちの姿、ことばであふれていました。

またとりとめないですが、、感じたことを書いておきたいと思います。

この日は3.11から半年目でもあり、
きっと誰かの誕生日でもあり、何気ない日常の中の一日でもありました。

時間はいつでも同じペースで流れていて、
ある一日をむかえても、それまでの感情がとつぜん消えるわけではないし、
同じ一日を思い出すとき、それぞれが頭の中に描く絵はきっと違う。
抱く感情も、その度合いも。
それでも、私たちが、日付というものを覚えていようとするのは、
お互いに異なり、見せ合うこともできない記憶を、
せめて同じタイミングで思い出したいという、
祈りに近いようなものなのかもしれない、と思いました。

9.11の遺族の方がラジオで、悲しみに終わりはないと言っていました。
消えることのない悲しみを誰かが抱えているとき、その人の中に
別の感情が増えていくことを、祈るしかできないのかもしれない、と思う。

私たちは泣くことも笑うこともできる。
悲しいから笑えないわけじゃきっとないし、
心から笑っていても悲しくないわけではない。

一番こわいのは、どちらかしか見えなくなってしまうことかもしれない。
たとえば、悲しみの解消という名目のために、
一つの考えが大勢をコントロールしたり、
攻撃する武器へと変わってしまうことが。

個人の悲しみは全体の悲しみとしてひとくくりにまとめることはできない。
だからこそ、それぞれの関わりの中で、
笑いや喜びを増やしていく余地があるのだと思う。

もしも目の前の社会が攻撃性や操作にあふれてしまったときは、
苦しみの中でも思わず笑顔になったこと、くだらないことに大笑いしたこと、
ほっと気のぬけるような温かいよろこびを、そのそれぞれの記憶を、
それぞれが思い出せることが、
ひとつの強さになるのかもしれない、と思う。
大げさかもしれないけれど、なんとなく不安を感じたときは、
そういうものの力を信じたいです。

この日記を書きながら、とつぜん谷川俊太郎さんの詩を思い出しました。
だいぶ昔にも、このブログに載せたことがあるのですが、
大好きな詩なので、もう一度転載します!


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今年


涙があるだろう
今年も
涙ながらの歌があるだろう
固めたこぶしがあるだろう
大笑いがあるだろう今年も
あくびをするだろう
今年も
短い旅にでるだろう
そして帰ってくるだろう
農夫は野に
数学者は書斎に
眠れぬ夜があるだろう
だが愛するだろう
今年も
自分より小さなものを
自分を超えて大きなものを

くだらぬことに喜ぶだろう
今年も
ささやかな幸せがあり
それは大きな不幸を
忘れさせることはできぬだろう
けれど娘は背が伸びるだろう
そして樹も
御飯のおいしい日があるだろう
新しい靴を一足買うだろう
決心はにぶるだろう今年も
しかし去年とちがうだろうほんの少し
今年は

地平は遠く果てないだろう
宇宙へと大きなロケットはのぼり
子等は駈けてゆくだろう

今年も歓びがあるだろう
生きてゆくかぎり
いなむことのできぬ希望が

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2011年8月29日 (月)

しずかな夜


今週末、NYをハリケーンが通り過ぎました。
東海岸に来るのは何十年ぶりということで、
市の警戒も強く、交通機関もストップし、
自宅または避難所で待機となりました。
幸い予想していたより被害は小さく、
嵐のあと、また静かにうれしそうに動き出す
街の気配も感じられます。

その数日前には、これもまた何十年に一度と言われる
地震がありました。
NYでの震度は小さかったけれど、
予期していなかったことに、驚きや混乱もありました。

もしかしたら目の前の世界に、
予想していない大きな変化がとつぜん起こるかもしれない、
ということが、一瞬頭をよぎる。
そして同時に、私たちの毎日は、ほんとうは同じように
予期できないことにあふれているのだということを思い出す。
自然の現象だけでなく、考えすぎたら気が遠くなってしまうような
あらゆる可能性のなかで、こうやって日々を暮らせていること自体が、
奇跡のようなことだということを。

明日会えなくなるかもしれないという気持ちで、
そのときそのときを、大切に過ごす。

いままでも聞いたことがあるし、
みんながきっと心のどこかで感じているし、
言葉にすればするほど軽くなってしまうようなものかもしれない。

それでも
今年ほどそれを心にとどめたいと強く思うときはなかったと思う。

そして
伝えたいことは伝えたい人にちゃんと伝えよう、
ということも。

祖母がよく、いついなくなるか分からないからと、
ちゃんと聞いてるかも分からないような私に、
一生懸命何かを伝えようとしてくれていたことを思い出す。
うれしい、しあわせ、ありがとうという感情も。

そういうときの祖母のこころに、すこしだけ触れたような気がします。


最近そらの写真ばかりですが・・!

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2011年8月21日 (日)

生きている街


むかしの鉄道を緑の遊歩道にしたハイライン。
工事中だった部分が、1ヶ月ほど前に開放されました。

芝生に寝そべり、上を見上げると、
鉄道をはさむようにそびえる建物のあいだから、
空がどこまでもつづいている。
しめった草のにおいと、風の感触。
近くを走る車の音、遠くのサイレン、子供たちの声。
通り過ぎる人々、静かに、ずっと前からそこにある鉄のかたまり。

目を閉じると、自分がどこにいるのかも分からなくなる。
自分の五感に入ってくるあらゆる情報の、
ちぐはぐさ加減が心地いい。

ハイラインをおりて、工事現場の多い道を通って、駅に向かう。
一服している人たちの笑い声がきこえる。
駅につくと、行き交う人の流れの中で、話しかける人々、腰をおろす人々。

見慣れた光景に、
街は生き物なんだということを思う。
いろいろな人がいて、それぞれが自分の小さな円周を描きながら、
それをぶつけあったり、重ねあわせたりしながら生きている。
決して相容れないようにも見えるいろいろなものたちが、一緒に存在している。
この街がやっぱり好きだなぁと思う。

こう感じされてくれるものは何だろう。
そう考える一方で、
この街だけが特別なわけではないのだとも思う。
人がいる場所はどこでも、そのあらわれ方はちがっても
それぞれのエネルギーや可能性をきっともっている。
たぶん自分が見ようとしていなかったり、見えにくかったりするだけで。

だからときどき、まっさらな気持ちで、自分のまわりの景色を
ながめることが必要なんだ。きっと!


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2011年7月30日 (土)

還す


帰り道、歩きながら、
今は人生の折り返し地点くらいなのかなぁと、ふと思いました。

もしかしたらもうとっくに過ぎているかもしれないし、
まだまだかもしれないけれど、
もしそうだとしたら、これからは還していく半分なのかも、と、
これもまたふと思いました。

家族から、恋人から、友達から、
もらい続けた31年間だったとおもう。
「日本」とよばれる場所から、「アメリカ」とよばれる場所から、
そこで出会ったひとたちから。
感じる、学ぶという行為から。

そのこと自体はこれからも変わらないだろうけれど、
「還す」ということが、もうひとつのキーワードになったら
いいなぁと思う。
おおげさな意味では全然ないけれど、、
もしいつか自分に新しい家族ができたら、日本に戻ったら、
そんなことを考えたときに、
そして漠然とこれからの年月を思うときに、
ふと頭にうかんでくるこのことばを、大事にしたいと思う。

なぜそんなことを今日とつぜん思ったのか分からないけれど、
忘れないように、書いておきます。

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2011年7月14日 (木)

ひかり


もしEメールやネットというものがない時代、
たとえば、日本の戦時中のような環境であったら、
今の自分は、どのように外から日本を感じていただろうと
ときどき考えます。

実際に会って、聞いて、話して、が一番いいけれど、
それができない中、日本からのメールや、何気なく始めたツイッターに、
そこに書かれている個人個人のことばに
支えられている部分は大きいと思う。

ことば/情報の海の中で、ネガティブな影響を
うける可能性も同じくらいあるので、
慎重になっている自分ももちろんいるのですが。

もう数年会えていない友達からのメールに、
同時代に生きている感覚が嬉しい、と書いてありました。
その表現が自分にもすごくしっくりきて、大事に残っています。

同じ環境、同じ思想、同じ文化、
そういうつながりではなくて、その全てが違っても、
同じ時間軸の中で、ひとりの個人として、必死に生きている人の姿に、
会ったことのない人たちもふくめ、その存在に、
元気をもらうことができるのは、しあわせなことだなぁと思う。

一方で、そういうツールが少なかった時代にも(そして今も変わらず、、)
同じような感覚を味わせてくれているものが、書物/芸術なのかもしれません。
あるひとりの人間が、時には闇の中で光を探しながら、
時には自由が許されない中で必死に自分の眼を信じようと、
自分自身のために、またはいつかどこかの誰かに伝えるために、
残してくれたものが、時空を超えて何かを伝えてくれている。
形として残るものだけでなく、日々の生活の中で人から人へ、
ことば、時にはことば以外の方法で語り継がれるものもふくめて。

自分が生きているかぎり、いつまでたっても分からないことばかりで、
闇を見ては光を探してということの繰り返しなのかもしれないし、
きっと完ぺきな答えや解決を知ることもないのだと思う。

ただ、そのときどきに自分が感じたこと、考えたこと、見ようとしたものが、
そうやって、同じ時代に生きる人たち、
会ったことのない未来の人たちも含めて、
どこかの誰かにつながっていく可能性があるのなら、
なるべく多くの光をみれる人でありたい、
バカみたいでもいいから、光の方に目を向けつづけたいなぁと思う。

   


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2011年6月20日 (月)

hope is coming


友達に赤ちゃんが産まれました。

名前は望来(Mila)ちゃん。
"hope is coming”という意味だそうです。

はちきれんばかりのお腹をかかえて、
産む数日前まで、日本を想いながら、
できることをと動いていた彼女から、
その名前を聞いて、ちょっと涙がでてしまいました。

おばちゃんみたいな言い方ですが、
今産まれてくる子供たちも、これから大きくなっていく子供たちも
ほんとうに希望ですよね。
子供だけでなくきっとみんなそうだけれど!


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2011年6月 2日 (木)

手紙


家に戻ったら、日本から手紙が届いていました。

郵便受けをあけたときに、
広告や請求書の中に混ざっている誰かからの手紙は、
その厚みも、手書きの温もりも、そしてタイミングも、
ちょっとした贈り物のようなチカラを持っていると思う。

気がついたら、その友達が去年の夏にNYに遊びにきてから、
1年弱が経っていました。
前回も、帰りの飛行機から手紙を書いてくれました。
筆不精の私はEメールで返信していましたが・・
彼女は昔の会社の同期ですが、はじめから部署も違い、
多分数えるほどしか実際は会っていないけれど、
たまの手紙やメールのやりとりが、
そのあいだの時間をつなげてくれているのだと思う。

仕事以外でほとんどPCのツールを使っていないから、
情報系の会社にいるのに時代に逆行していていいのか、
と本人は書いていたけれど、
こういう手紙を読んだときの、点と点を線でつなぐような感覚は
やっぱり好きだなぁと思う。

昔の人は(と書くのも変ですが、)
会いたくても、どうしているか気になっても、
ツールも少ない上に、時間差もあって、
その一回一回にどれだけ想いをこめていたのだろう、
などと突然思いました。

メール、ブログ、ツイッター、いろいろ頼っている自分としては
昔に戻ろうとはいえないのですが、、
ただ、時間のペースも、情報も、なるべくそぎおとして
いきたいなぁと思います。
気付ける範囲も、考えられる範囲も限られているなら、
せめてその中で、自分にとって大事なことに気をとめられる
スペースをつくっておきたい。
そして、そういう時間の中での人との関係も、
大切にしていきたいです。

  
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2011年5月20日 (金)

新しい場所へ


学校の友達がカナダに引っ越すことになり、
二人で小さな壮行会をしました。

彼女はフランス人ですが、10代でNYに引っ越してきたとき、
はじめて自分にとって居心地の良い場所に出会えたと思ったそうです。
そんな彼女が自分よりも早くここを去ってしまうとは
予想もしていなかったので、やっぱり寂しいです。。

彼女と仲良くなったのは入学して2年くらいがたってからでした。
学生時代は、いつもだぼだぼのオーバーオールに
大きな黒ぶちメガネ、1リットルのダイエットコークとタバコをかかえ、
とってもマイペースで、大勢の集まりには絶対に来ないし、
外で一人でたばこを吸っているかと思うと、
いきなりものすごい勢いで課題に集中している。

私より5歳年上で、それ以上に、すごくいろいろな人生経験をしていて、
一見破天荒とも思われがちな彼女ですが、
一緒にいればいるほど、
その根底にある懐の広さというか、人や物事に対する
深い愛情のようなものを感じます。

自分の気持ちに正直に生きるというのはこういうことなんだと
彼女といるとよく思いました。
自分の感じたことをいちばん大事に動くから、無理はしないし、
とりつくろうこともないけれど、ただ、
その人が心から話したことに関して、
何のフィルターも通さずに受け入れ、
シンプルに大事なことをポーンと返してくれるような
ものすごく大きな心を持っている。
だから、自分も正直でいないと恥ずかしいような
気持ちになります。

今回はだんなさんについて新しい場所へ、
でもきっとどこにいても彼女は変わらないんだろうなと思うと、
なんだかホッとするような気持ちにもなります。

震災直後に日本へのメッセージを集める場で、
彼女が書いてくれた言葉が好きです。

It's not okay, and then one day, it is.

彼女らしい言葉だと思いました。

  

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2011年5月11日 (水)

散歩道


だいぶ暖かくなってきました。

寒い冬から暑い夏へとつづく春らしい時期が意外と少ないので、
ジャケット一枚が心地よく感じられる今は、貴重な時間です。

なんだか歩きたくなって、今日は会社から家まで1時間ほど
かけて帰りました。NYに来てから、歩くことが増えた理由の
ひとつは、道がわかりやすいこと・・・。
最初の方向さえ間違えなければ、あとはあまり考えていなくても
グリッド上の道を気ままに選んで歩いていけばいいのです。

ただただ早く時間がたってほしいと思うときがあります。
本当は一瞬も惜しいはずなのに、すごくぜいたくな話です。
でもそういうときは、何かをムリに変えようとするよりも、
ただただ歩くような感覚で、時間の流れに身をまかせて、
いつか自然と振り返れるときが来るのをひたすらじっと待つ、
というだけでもいいのかもしれない、と思いました。
またわけのわからないことを書きました!

帰り道、かわいらしい花が咲いていました。


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