ひらく
土曜の夜、タイムズスクエア駅にて。
5、6人のおじさん&おばさんが
ビートルズのhey judeを演奏している。
通りすがりの人たちが次々に立ち止まり、
楽しそうに、それぞれの思いにひたるように、
一緒に口ずさみ、手をたたき、
その輪が厚くなっていく。
バラバラのところからきた人たちが、たまたま居合わせた場で
そのときだけの空気をつくりあげる。
また数分後には別の場所へちらばっていくのだけれど、
その瞬間の、その空気感をとどめられないのが
もどかしく、ずっと眺めていたいような気持ちになる。
ことばでうまく説明できないけれど、
自分の体が先に声をあげ ていたり、
お腹のおくの感みたいなもので、
どうしても動いたほうがいいと感じるときがある。
ものすごいエネルギーを使うけれど、
気がついたら体が先に動いているような。
誰かとであって、自分の頭をかーんとたたかれたように、
今まで気付かなかったことに気付いたり、
見方や考え方が広がったり、
それが人と交わることのすばらしさのひとつだと思う。
そういう人の存在で、どれほど自分が自分の小さな
頭の中に閉じこもっていたかに気づく。
同時に、どうしても大事にしたいこと、それを大事にするために、
ある場所や人から離れないといけないようなときもあるのだと思う。
きっとそれは本当に紙一重で、どちらが0か1かの問題ではなく、
どの判断が絶対に正しいというのもないのだろうから、
もしかしたら、そういうときに一番正直なのは自分の体なのかもしれない。
いろいろな理屈で、自分で自分を説得することもできるのだろうけれど、
体の声に反応できるような感はなくさないでいたい。
自分が思っている以上に、自分の頭は自分を拘束している気がするから、
その狭い世界に閉じこもらないようにしたいし、
同時に、ただただ元気に、いつわらず生きるための
自分の体の感のようなもの、その両方を大事にできたらいいなぁと思う。
そうすることが、誰かに何かを還すことにもつながると信じたい。。
久しぶりの日記はまたわけのわからない内容に
なってしまいました;;




















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